リラクゼーション&ヒーリングサロン[風(fu-)]
HOME > column & 読み物 ゲストセラピスト和泉モモのコラム

* ジャパンヒーリングヴァーテクス *

VOL.02 

今日。
初めてご縁を頂く方と、交流させて頂きました。
遠くにお住まいの方とも、
数多のご縁を頂く方とも、
ご家族を気遣われる方とも、交流させて頂きました。

予想外のセッションに拍子抜けされた方。
ようやく安堵された方。
自分に確信を持たれた方。
「目からウロコ」を経験された方。
新しい海に、意気揚々と漕ぎ出していかれる方。


自信を持って、申せます。
「今日も、私のできる最大限で、交流させて頂きました。」と。

皆さまが、人生に
意欲的に向き合おうとされる姿勢を拝見しては、
皆さまが、周囲の方を思い
やさしさを配られるお姿を拝見しては、
心から幸せを感じました。

生きることの豊かさを、多様性と可能性を
また一段と深く、教えて頂けました。

ご縁を、そして交流を、有り難う御座いました。



今日。
事務スタッフのバースデーでした。

皆でハッピーバースデーのお歌を歌い
何種類ものケーキと、
優しい気持ちで届けられたハッピー風味の紅茶を頂きました。

笑顔で見守る皆の 包み込むような やさしい空気が、
本人の瞳からぽろりと涙をこぼさせました。

あぁ、お祝いできる仲間が居るって、嬉しいな
本人がたくさんのことを受け取られて良かったなぁ
この空気を分かち合えて、しあわせだなぁと思いました。



今日。
法事でご実家に帰省しておられた美雪先生が
数日ぶりに東京に帰ってこられました。

とても良い顔をしていらっしゃいました。

田舎の土産話を伺いながら、
法事で出されたという“ふるさと味の太巻き”を、
温かい緑茶と共に頂きました。

あぁ、美雪先生のご身内が元気でいらっしゃって、
美雪先生が元気で帰ってきてくださって、
私たちに食べさせたくて、わざわざ太巻きを持って帰ってくださって
なんて嬉しいんだろう、と思いました。


嬉しいこと、もっと沢山、ありました。

優しさ。気遣い。思いやり。
笑顔。愛。寛容。
・・・朝から晩まで、さりげなく。其処此処に。


ウッカリしていると、見過ごしてしまうかも知れない。
恥ずかしがっていると、受け取れずにいてしまうかもしれない。
ガツガツしていると、とりこぼしてしまうかもしれない。

毎日に満ちている、大きな・小さな 歓び。
一緒に感じてみませんか。
そっと、じっと、じんわりと。


― 分かち合ってくださる、皆さまへ。
  分かち合える嬉しさと共に。

 

 


今日、本が無事、上梓されました。

心のこもったお言葉
たくさんのお祝い
仲間達の祝福・・・

頂いたお方のお顔と共に
今日までの全てが思い出されました。

夜、皆で美味しい食事とケーキを頂きました。
打ち解けた時間を過ごしながら
とても豊かな人生だと、しみじみ有り難く思えました。

皆さんが居てくださって、仲間がいてくれて
初めて歩めた道でした。

一つの区切りになりました。

また明日から、初心に返って、前を向いて歩いていきます。

今日までの全てに、全ての方に、ありがとうございました!!

 


“お手紙”。
小学生の国語の教科書にあった、大好きな物語です。

― 今まで誰からも手紙を貰ったことが無い“がまくん”。
  その悲しみを知った友達の“かえるくん”は,
  彼を何とか喜ばせようと、急いで帰宅し、こっそり手紙を出します。
  そして、「きっと届くよ」と根気よく“がまくん”を励ますのですが・・・
  (「お手がみ/お手紙」アーノルド・ローベル作、三木卓訳)

物語自体は、「共感の大切さ」や「友情」について学びを得るために
選定されたのかと思いましたが、
幾つになっても「手紙」をもらうのは、胸が高鳴り嬉しいものです。


この夏、大勢のお子さま・ティーンと交流させて頂きました。
交流下さったみなさま、ありがとうございました。

いつにも増して嬉しかったのは、彼らからもらったアンケートや、
後日届けられたお手紙でのフィードバックでした。

まださほど多くの語彙を持たず、表現方法も定型化していない
彼らの表現は、とても自由。

ある男の子は、アンケートに、一緒にお話しした
過去世の記憶の絵を描いてくれました。
また、ある女の子は、癒されて幸せになった
女の子の絵を描いてくれました。

○○ちゃんは、かわいらしい便せんで、お手紙を2通も下さいました。
・・・一通目には、大きなひらがなが、大きくなったり小さくなったり
あっちこっちで踊りながら、せいいっぱいの気持ちを伝えてくれます。
2通目には、「すきだよ」という言葉と共に
ウィンクした素敵な笑顔のカワイコチャンが、何人も。

選んでくれた便せんも言葉も絵も・・・全てが
彼女から贈られた、最大級の讃辞だと思いました。


なまじ
語彙を得て知識を得て経験も増えてくると、
「こんな感想では、失礼かも知れない」
「もっと“ちゃんと”したことを書かないと」
なんて“形式や見栄え”に気をとられ、
“伝える”という主目的を忘れがちです。

○○ちゃんのお陰で、
私自身も、初心に立ち返らせられる大きな感動を頂けました。

○○ちゃん、お母様、ありがとうございました。


 


「実は、話すのがニガテなんですが・・・」
「普段は、自分から電話をかけたり、出来ないんですよ・・・」

そんな風に備考欄に書きつつも
思い切って遠隔スピリチュアルヒーリングに申し込んでくださった方が、
立て続けにおられました。その勇気に、心より感謝です。


さて、イメージしてみてください。

その様な方は、
どんな風にお話になると思われますか・・・?



実は、
とても普通に(上手に)
お話しになるのです。


和泉がお話しすることに頷いてくださり、
自分の思いを少しずつ伝えてくださり、
立て板に水、とまではいきませんが、ごく一般的なお話しぶりです。

お話ししながらヒーリングもさせて頂きますが
エネルギーもちゃんと回り、終始心地よいではありませんか。

そこで、
「上手に交流出来ておられますよ・・・^^♪」
と申し上げると

「えええええっ?!」

そんな筈無いよと言わんばかりに驚かれます。


その声をお聞きして、私こそ、驚きます。

    相手の話の筋を掴めて、
    自分の言いたいことが、それなりに伝えられて、
    十分意思の疎通が図れているではありませんか?
    ^^ニコニコ。^^ニコニコニコ。

    ・・・それ以上に、何を望まれるのかしら?
    ニコニコニコニコ^^。



「私、交流できているんですか?」
「私、ハート開けてるんですか・・・。」


ご自分をしげしげと見つめ直すように、
コッソリ嬉しそうに呟く声を聞きながら、
私は、とても幸せになります。


(あぁ、気付けて良かったですね!)


誰しも、上手な人や良くできる人に目を奪われ
自分自身の持っている能力や魅力を忘れがちです。

勿論、自ら過小評価して予防線を張るのは簡単です。
しかし、そうこうしているうちに、
折角の能力・魅力が、いつの間にか本当に忘れ去られてしまう
ことにもなりかねません。

もう既に色々なものを持っていると気付けたら、
自分の豊かさに嬉々とするでしょう。


「ある。ある。デキル!」

今、貴方の能力・魅力、持ち得る全てを、
「持っている」という視点で見直してみませんか?

きっと、ずっと、豊かになれます♪

 


不思議に思ったことは、ありませんか?

    病気になった人は、お医者さんへ行く。
    だけど、皆を診るお医者さんは、誰に見て貰うんだろう?
    ・・・看護師さんたちは?


医療機関には、常に様々な症状を持った人々が訪れます。
予防に細心の注意を払うにせよ、
リスクばかりに気を取られていては援助など到底出来ません。

私が以前 勤めていた医療機関の医療者たちは、
少々の事は、休まずに 何とか乗り切っていました。
業務が常に多忙であることから 休みが取り辛いのもありましたが、
何より、「何のこれしき!」という気合いがありました。

援助する立場に居る以上、
常に心身のバランスを保ち
相応しい穏やかさや健やかさを維持することは、
職務に従事する大前提だからです。


医師・看護師・理学療法士、臨床心理士、
介護福祉士・社会福祉士・ケアワーカー・・・
私たちの生きる世界には、「援助すること」を務めとしている人々が居ます。
誰もが困ったときにお世話になる、大切なお仕事です。


多くの場合、彼らはそれを仕事としていることから、
「援助することが当然」「結果を出して当然」と見なされます。

よって、「その種の人々が自分たち自身の問題をどう解決するのか」、
「どうやって心身のバランスを保つのか」については、
あまり関心を持たれません。



最近のセッションでは、
援助職に携わる方々との交流が増えています。

    気配りのケアをしても、満足しない患者さん・・・
    対処してもしても、きりなく繰り返される問題・・・
    同じ施設の中、主義主張の異なる他部門からの突き上げ・・・



エネルギー場を見させて頂くと、
表層の部分には、「努めて明るく前向きに振る舞おう」という志が見えますが
深い部分では、深い悲しみや無力感が充満し
ハートをはじめとした各種感覚器官が鈍麻し冷たくなっています。
・・・“心の方位磁石”が、すっかり狂ってしまった状態。


情報をお伝えしながらエネルギー場に働きかけていくと
「たいしたことない」
「こんなの、平気」
「言ったって、しょうがないじゃない・・・」
声なき声と共に、押さえ込んだ様々な感情・疲労が溢れ出してきます。

ひとしきり溢れきると、ようやくエネルギーが廻りはじめ、
内側から温かくなってきます。

・・・これでようやく、ひと安心です。


もちろん、この種の抑圧は、
一家を支える お父さんだったり
育児や介護に忙しい お母さんだったり
管理職にお就きの方だったり、教師だったり・・・
何かしらの援助をする立場に居られる方に
共通のテーマと言えるでしょう。


多くの場合、仕方ない状況とは言え、

    あぁ、こうやって踏ん張ることで、
    何とか回っていくんだものなぁ・・・

と、何とも言えない気持ちになります。


 支える行為によって、初めて、自分を許せる人
   カルマのバランスを、ポジティブに取ろうとする人
     自分の人間的な(魂の)成長の糧とする人・・・


「支えて当たり前」とされる人達へ。

自分を強く縛り過ぎず、たまには涙のひとつもこぼせるように。
その志の高さ・強い情熱の故に燃え尽きてしまわないように。

貴方が決めた その道を
上を向いて 口の端を上げて歩めるように
心からの 応援を捧げます。

 


16日(水)まで、ヒーリングサロン風からほど近く、
靖国神社でお祭りが開催されています。

お祭りは大好き!
さっそく、日曜日に出掛けてきました。

 盆踊りに興じる人々
 屋台に列成す人々
 エキサイトする中高生
 童心に返ってはしゃぐ大人たち

老若男女 多国籍
もの凄いウキウキ エネルギッシュ

エネルギーをセリフで表現するなら、

「お互い、楽しもうよ!」


どの人も、しなやかで伸びやか。
勢いのあるエネルギーを発しています。



お楽しみの屋台では、
昨年 ヒットだったお店のタコ焼きを買いました。

去年は年配の親父さんが焼いてくれたのですが
今回は息子さんでしょうか?
若いお兄さんが焼いておられました。

鉄板から立ち上る熱気に 汗をタラタラ
フゥフゥ言いながら
クルクル 器用に たこ焼きをひっくり返していきます。


「暑い中で、熱い鉄板の熱気、バテちゃいますねぇ・・・^^;」
と声を掛けたら、

「いやぁ〜、そのハズなんですけど、
 何でか、毎年、どんどん太っていくんですよね〜っ」
とお兄さん。

そこへすかさず、かくしゃくとした年配の女性が
ヒョウヒョウと、
「どうせアンタ、たこ焼き 売らずに、
 食べてばっかり居るんでしょっ?!」
と突っ込まれました。

「やぁ〜、やっぱ そうですかねぇ〜?」
とおどけて 首を傾げるお兄さん。

ツンと澄ました浴衣姿の年配女性と
お兄さんの丸いやり取りが可笑しくて、
大笑いしてしまいました。


皆がオープンマインドになる 夏祭り。
買い物ひとつの交流も、いつにも増して楽しいもの。

「撮っても いいですか?」の問いに
お兄さん、緊張しながらもOKをくださいました。(笑)





今年のたこ焼きは、お兄さん風味。

優しくて まぁるく、フレッシュなお味でした。


 

 


「天気雨ですよ!」


阿河先生の声を聞きつけて 階段の踊り場に出ると
太陽燦々の西の空に、ザァーッと雨粒が降っています。

「すごーい!美しいっ!」

自然の織り成す芸術に、拍手しながら見とれます。


「こっちの空はどうかな?」

東の空を見上げると、大きな 虹が 架かっていました。

曇り空でしたが、とても大きく形の良い虹でした。

加藤先生がカメラを持ってきてパチリ、おさめてくれました。
(写真に写ったよりも、もっとずっと綺麗でした)









皆で 感動して 虹を見上げていると、
大気中に 細かく燦めく粒子が いっぱい!

「キレイだねー!!」

更に皆で盛り上がりました。


無邪気な気持ちで、空の美しさを分かち合う。
とても満ち足りて 穏やかな 金曜の午後でした。

あぁ、豊かだなぁ・・・。^^


 


今朝の夢で、とても素敵な海へ行きました。

穏やかで優しくてクリアな・・・大層すてきな海でした。
空気も、気候も、雰囲気も、とても気に入りました。

潮風に吹かれ
海岸をのんびり歩きながら
(そういえば、昔、ここに立ち寄ったことがあるなぁ・・・)
と思い出しました。


ところで、ここってどこだっけ?

「コタキナバル」。

そう、浮かびました。


そうそう、ここは、コタキナバル
  コタキナバル・・・・・
     コタキナバル・・・・・


つぶやいて、目覚めました。


調べてみたら、コタキナバルはマレーシアのリゾート地でした。
道理で、納得です。

それにしても・・・ あぁ〜、楽しかった!

今日も素敵な1日になりそうです。

 


頂きもののスイカを、いただきました。

とても甘くて優しい味がしました。
下さった方の優しさが浮かびました。

下さった方に、心から「ありがとう」を贈りました。


こんな時、小さい頃の母とのやりとりを想い出します。


「いい?モモ。
人から何かを貰ったら、ちゃんとお礼を言うんだよ。
心を込めて、「ありがとうございました」って。
相手の目を見て 頭を下げて 言うんだよ。

そして 貰ったモモが、
今度は、何かを誰かに あげる番になるんだよ。
そうしたら はじめて
モモのところに、また、何かを貰うチャンスが来るからね。

“人からものを貰う”っていうのは、そういうことだよ。
“貰いっぱなし”で 喜んでいるだけじゃ、いけないよ。」

「お母さん、もらいっぱなしだと、どうなるの?」

「そりゃ、貰いっぱなしの “貰い乞食”になっちゃうんだよ。」

「もらいコジキ?」

「そうだよ。
たくさん貰えると 一見、良いようにも見えるでしょ?
儲かるように見えるでしょう?
けど、そうじゃないの。 “バランス”が崩れるの。

どれだけたくさん貰っても、
感謝もなくて アタリマエになちゃってねぇ。

“足りない。足りない。もっとちょうだい・・・。”
って 言い続ける、“もらい乞食”になっちゃうんだよ。

そうなったら、ずーっとビンボウのまま・・・。

これが “バランス”、というものなんだよ・・・。」

「ふぅん・・・」


今は 母が教えてくれたこと、よく分かるようになりました。
自戒の念として、いつも心に刻んでいます。

美味しいスイカ と 豊かな時間 に、心からの感謝を。
優しいあの方に、この心が届きますように。

 


夕方、とっても素敵な虹雲(にじぐも)を見ました。

彩雲(さいうん)とも呼ばれ
吉兆のシンボルともされる、虹色の雲。
心を洗われるような美しさに 暫し時を忘れて引き込まれました。

「新しく はじまっていくね・・・」

誰かの声で、ふと 我に返りました。
消えかけそうな虹雲に、慌ててカメラを構えました。




こんなに嬉しく素敵な予感に満ちた夜は、
お祝いをして 分かち合うに限ります♪

皆との、ささやかなパーティ。
・・・パスタとワインに舌鼓。
楽しく笑えば、嬉しさが何乗にも膨れます。

いつもより皆がキラめいて、
静かにワクワクが満ちてゆきます。

夜空は月に輝いて、
街路樹の澄んだ歌声が響きます。

初夏の夜道は、素敵な予感に満ちていました。

 


 

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